2004年3月 辛夷の芽

北風と太陽が、どちらの力が強いか「勝負しよう」ということになり、そこへ一人の旅人が通り かかった。勝負は、先に旅人の服を脱がせた方が勝ち、ということにしました。北風は、簡単 なことだと言って激しく風を旅人に吹きつけました。旅人がしっかりと服を押さえたので、北風 は一層強く吹きつけました。寒くてたまらなくなった旅人はもう一着服を着込みました。つい に北風は吹きつかれてしまいました。次は太陽です。太陽は、はじめ穏やかに旅人を照らし ました。すると旅人は、暑くて服を一枚脱ぎ捨てたので、太陽はもっ と強く旅人を照りつけま した。とうとう旅人は暑くてたまらなくなり、服を全部脱ぎ捨てたのでした。
イソップ物語「北風と太陽」より

この寓話は、「力で相手を屈服させようとしてもうまくいかないが、穏やかに話し合うとうまくいくことがある。」人間関係の機微を喩え話としてよく引き合いに出される。また、この話は、季節の移り変わりの場面に置き換えることもできる。「旅人」即ち「生きもの」は、冬の間「北風」の寒さから身を守るために「冬芽」の皮、あるいは人であればコートを着こむ。春になって暖かくなると「太陽」の日の光で「冬芽」の皮、あるいは人はコートを脱ぎ捨てる。

3月になると、吹く風はまだどことなく冷たい。しかし地熱は確実に上昇してくるので、虫は動きはじめ、蝶は舞いはじめ、鳥は囀りだす。樹木は勢いよく水を揚げはじめ、まさに生命が躍動する月である。この1ヶ月間、月始めの硬い冬芽が月末には様々の草木が咲き出すように、1週毎いや毎日めざましく変化する。

菱山忠三郎先生を迎えて、小宮公園で冬芽の観察会がこの2月と3月に行なわれた。多摩地方に多い落葉樹には、楢檪(ナラ)についで榎(エノキ)がある。エノキの枝を観察すると、これから成長する主芽(しゅが)と予備の副芽を持っている。副芽は、主芽が霜か何かで傷んだ時に備えて待機している。主芽が順調に成長すれば副芽は予備の役割を終えて消え、決して主芽を差し置いて副芽が先に成長することはないそうである。

日当たりの良いところの生命力の強い木は、この副芽は更に予備の副芽をつける。生命力の弱い木は、副芽すらつけることができず、場合によっては枯れる。適者生存。自然は、このように精妙な仕組みを作っている

ふきすさぶ 風に北指す 辛夷の芽 幹治