2004年8月 狗尾草

宅地が一面に狗尾草(エノコログサ)で覆われている。よく見るとカゼクサやオヒシバも混じっている。この敷地は、約4月前に隣家が引越しをして家が取り壊わされ更地になったもので、まだ買い手が付いていない。
更地になって1ヶ月程してから土の面に草の片葉が出てきた。しばらくそのまま葉を広げてきたが、2ヶ月位して花穂が現れエノコログサと分かった。子供の頃にこの花穂を抜いて猫の顔に近づけなぶって遊んだものだ。

それにしても、旺盛な夏草の繁殖力である。何処からこの種が飛んできたものか。空気中には様々な種や花粉が行き交っているのだろう。考えてみると家の回りにどんな草があるのか今まであまり気にしていなかった。それが隣の更地を毎日見ているうちに改めて自然の営みに気付かされる。

1995年、長崎の普賢岳の河川工事に半年位関わったことがある。普賢岳は1990年11月17日に噴火。3年9ヶ月に及び溶岩が噴出し、1995年2月に終息した。山頂から噴出した主要な溶岩は火砕流となり全長約10kmの水無川を一気に下り流域の田畑や家屋を押し流した。河口付近の安中三角地帯が最も甚大な被害を蒙った。断続して流出する火砕流は普賢岳の山肌を焼き、普賢岳は赤茶けた剥き出しの禿山となった。

梅雨や台風の時期に大雨が降ると土石流が一気に山肌を押し流す。このために国は国家事業をして、土石流の被害から住民を守るため日本最大の水無川砂防ダムの建設に着手した。治水の根本対策は、禿山を早急に緑化することにある。自然回復力(生命力)に任せておくと山が木で覆われるまでには数百年がかかってしまう。それを待てないので人工的に手を加え短期間に自然を回復させなればならない。方法は人間の体を治す医者と同じである。医者は処方箋を書いて病人を治療するが、薬などの治療はあくまで患者が持っている回復力(生命力)を手助けするものにすぎない。
    
山の緑化もこれと同じである。自然が持っている自然回復力を手助けする壮大な計画が策定された。根付きの良い植物の種を土に混ぜ団子状にし、ヘリコプターで空から山肌にばら蒔く作戦である。広大な禿山を埋め尽くすには膨大な量を運ぶ必要がある。山麓に輸送用のヘリコプター基地を設営され数ヶ月に及ぶピストン輸送が行われた。

あれから9年、果たしてどの程度水無川砂防ダム工事と禿山の緑化が進んだろうか。隣の敷地はまだ買い手が付かないようであるが、新しい持ち主が家を建てるとエノコログサも全て抜き取られることだろう。

流星の 降ったるあとの 葱畑 幹治