2005年7月 盗まれた合鴨 
                
合鴨の子が放たれ日から約1ヶ月経った週末の朝、合鴨農法を実践している農家の田んぼに、その後の様子を見に訪ねた。高月町の田んぼに着いて見渡すと、どこの田の苗も30㎝から35cm位に青々と成長し水面を奪い合っている。どんよりとした梅雨空の下に、見渡す限り青田が広がっている風景は何時見ても清々しい。水面には浮き草が生えだした。時折、遠くで田んぼから真っ白い小鷺が飛び立つのが見える。

合鴨が放たれた田んぼの畦は約1m位の丈の網で囲われているので直ぐ見つけることができる。この網の上に天蚕糸(てぐす)が3~4m毎に升目状に田んぼを覆うように張ってある。これは主に烏除けで、烏が透明な細い糸に引っかかると羽根を痛める。烏は利巧だから警戒してこの田んぼに近寄らない。天蚕糸を張らない前に合鴨が烏に食われたことがあり、試行錯誤の末に天蚕糸にゆきついた。また、このあたりは野犬や鼬などはあまりいないそうで、烏対策が主になっているそうである。

合鴨を放たれた田んぼは4枚あるので、その田んぼを一枚づつ歩いて見回る。最初の1枚の田を見渡すと何処にも合鴨の子が見えない。残りの田んぼを全て双眼鏡で調べて見たが、何処にも1羽の鴨の子も見当たらない。そこで、合鴨農家に立ち寄る。庭先に奥さんの姿が見えたので声を掛けてみた。奥さんの話によると、合鴨の子が数日前に突然いなくなった。こんなことは合鴨農法を始めて13年来なかった。特に荒らされた形跡がないので誰かが盗んでいったとしか考えられない。

これから幼稚園や小学校の子供を呼んで合鴨見学会を計画していた。何の目的で盗むにか。人が丹精して育てているものを横取りする行為は許せない。そこで、楽しみにしている子供達を悲しませることは出来ないので、急遽合鴨の子を取り寄せた。その合鴨の子を見せてもらった。大きさは1ヶ月前に田に放たれたものとほぼ同じ大きさである。今ならこれを田に放っても間に合うかもしれない。

盗まれた合鴨の子は生まれて2ヶ月足らず。それほど大きくない。合鴨の子は最初から人に飼われているので人なつっこい。呼べば集まってくるそうである。一時期、合鴨は田んぼにいる全ての虫を食べてしまうので、農水省が本来の自然農法とはいえないとして農薬の一つに数えたことがあったそうだ。人間からみて害をする禽獣でも、人間のように必要以上に獲物を捕ったりはしない。

農業は全て自然相手の生命産業である。田んぼに合鴨を放つのは8月末までで、成鳥になって役目が終わると田から引き上げる。これからは心無い行為をする人間をも相手にしなくてはならないか。今年は、この後から加えた合鴨が盗まれないことを祈るばかりである。

水口の 萍(うきくさ) くずれそめにけり 幹治