2009年6月一壺の薔薇

図書館の3階にある展示会場に、朝から塾生が個別作品や壁紙等を運び込んだ。各々の出品者は、壁紙作品に最後の仕上げをしている。パソコンが堪能な壁紙責任者は前日に展示会のタイトルや各種の案内紙をつくってきた。それ等をみんなで所定の位置に貼りつける。少し離れて見ると壁紙やタイトルに傾きが気になる。それらを修正してゆく。おのずと熟練した人が出て、その人に指示で壁紙の傾きが修正されてゆく。

狭い会議室を使った展示会場は、入口を除いて回りの壁と窓面に壁紙を貼るスペースをとり、そこに塾生の11作品を巡らしている。壁紙には共同作品と個人作品とがある。また個別作品には年1回刊行する会報に掲載しなかった塾生の未発表の作品や、会報に掲載する制限枚数を超えた塾生の作品などが出品されている。

部屋の真ん中には、長机を4本並べ読書スペースとし座って作品を読めるように椅子がおかれてある。参考図書類を卓上に並べ、パンフレットの類も所定の位置に置く。ようやく準備が整った。
制作に参加した塾生の年齢層は、最年長者が大正12年生まれの満85歳から最年少者が昭和21年生まれの満64歳まで年齢差が24年にも及ぶ。中高年に男性の出品者が多いせいか、各作品はいずれも各自が年来の「思い」を注ぎ込んだ硬派な内容である。八王子に関した地勢や歴史ものが多い。子ども達には少し難しそうだ。

塾生が展示作品を制作したり、展示するさまは、小中学生が秋の学芸会のために作品をつくったりしているのと、なんら変わるところがない。自分の手で作品を制作し展示することにこそ表現と発表の喜びがある。みんな生き生きとしている。

展示会場は4日間開かれ、チラシをつくって友人・知人に配った。また作品展開催期間中、図書館入口に立って次々入館してくる人にチラシを配って呼び込んだ。約89万余の蔵書を持つ八王子中央図書館は入館者が多い。駅の改札並みに入館者が次々やってくる。チラシを受け取ってくれる人はそのうちの約2割もいるだろうか。無視する人、声を掛けてくる人、さまざまな人間模様が観察できて面白い。

展示作品の中で、「蚕神様と民間信仰」という作品があった。そこには蚕神(おしら神)の2体の人形が飾られて、脇にボール紙で蚕を型どった小箱の中に桑の葉を入れ、生きた蚕の幼虫が桑の葉を食んでいる。その中に2種類の蚕が入れられており、4日間の展示期間中、桑の葉を取り替えなどの世話がしていた。今回は、この「蚕神」が締めくくりの3部作目で最終版になるとのこと。この出品者は八王子工業高校で長く養蚕を教え、養蚕業に詳しい生き字引のような方だ。八王子の機織業や養蚕業の衰退を憂え、その歴史を少しでも後世に残しておこうと文献等の収集をされている。蚕に対する愛情が人一倍深く、見学者に丁寧に説明しておられた。

わたくしが見た岩手県遠野の伝承園「御蚕神堂(おしらどう)」で、暗い室内の中で、とりどりの鮮やかな衣装を着た千体の「おしら様」が白熱照明に浮び、妖しい雰囲気を漂わせていた。目を持った人形は物でありながら物ではない。これらは風土に生きた東北の女の深い情念を感じさせてくれる。

読書スペースの長机の上に、薄桃色の小型の薔薇が細壷に投げ入れて挿さしてあった。近くの花屋さんから買ってきた、約400円位のなんの変哲もない薔薇である。この薔薇が卓上の置かれたことで、それまでの展示室の堅苦しい雰囲気がやさしい空気に一変した。入場者は、入口正面のこの薔薇にまず目を止める。それから会場をゆっくり一巡し、そして読書スペースに腰掛け置かれた冊子を読んでいる。時たま目を休めるために頭を上げて薔薇をみる。あたりに生気を放つやさしい一束の薔薇は、展示作品に華を添え存在感を示している。

展示室 一壺に薔薇を 点じけり 幹治


「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ」
マタイによる福音書(6.28~30)


八王子千人塾発足5周年記念「塾生の作品展」
主催 八王子市中央図書館
協力 八王子千人塾「塾生の会」
開催日 2009年5月15日(金) ~18日(月)
午前10時~午後5時

会場 八王子市中央図書館  
第2会議室(3階)

会場レイアウト

  タイトル 作者名
① 千人塾5年のあゆみ
② 「宮沢賢治」のレポート作成資料展示 森松 幹治
③ 図書館を使った”調べる学習”入選作  
④ 「辞書」のレポート作成資料展示 佐々木 繁
⑤ 蚕神と機守様の民間信仰 松岡 芳朗
⑥ 八王子の山車まつり 加藤 利雄
⑦ 桑都日記読書会 桑都日記読書会会員一同
⑧ 徳川家康を祀る神社 根岸 幸雄・柳沢 直樹・斉藤 益弘
⑨ 高尾山の花名さがし 遠藤 進
⑩ 写真家 前田真三 谷藤 賢一
⑪ 水を育む山々 高橋 浄
⑫ まぼろしの御陵線 小山 文雄・岸 悦男・立原 健司
⑬ 千人同心に会いに行こう 川西 容子・廣瀬 クニ子・吉田 しづ子
パネル展示作品リスト

⑭ 個別作品リスト
タイトル 作者名
トンボが飛んだ 佐々木 繁
さつまいもの話 佐々木 繁
烏のことあれこれ 佐々木 繁
辞書 佐々木 繁
中年見聞録 吉岡 利昭
谷崎潤一郎 『細雪』を読む 『細雪』試論への一視点
女中「お春」をめぐって 岡 光子
内耳再生医療について 東 陽一
米にこだわる 第1部 日本人の食を考える
 森松 幹治
米にこだわる 第2部 アイガモ農法を通して日本の農を考える
  森松 幹治
米にこだわる 第3部 イネの副産物を通して脱工業化社会を考える
 森松 幹治
宮沢賢治の森 第1部 宮沢賢治は、なにを願っていたか
 森松 幹治
宮沢賢治の森 第2部 宮沢賢治と、食を考える
 森松 幹治