2015年4月トマ・ピケティの資本主義運動法則

 「21世紀の資本」トマ・ピケティ著は、2013年フランス語で公刊後2014年4月英語版発売以降半年で50万部というベストセラーとなり、同年12月日本語版が発刊されると2月間で13万部を突破する売上を記録した。

 昨年末から今年にかけて政治経済界に衝撃を与え、日本中にトマ・ピケティ旋風が吹き荒れた。今年の1月末から2月にかけて4日間、日本に滞在。その間、数多くの講演、テレビ出演、対談が組まれ、日本人に貴重な助言を行ってくれた。沢山の解説本が出て、総合誌や雑誌でも特集が編まれた。

 数十年来、資本主義国の中でも特に米国、日本は「格差社会」が流行語に選ばれるほど、国民に中で実感として「格差」が浸透してきている。この現状に対して、近代経済学を奉ずる経済学者達は具体的な処方箋を示すことができなかった。複雑な数式を駆使して専門家しか分からない近代経済学。このような社会科学の最上位に位置すると自負する近代経済学は本当に科学といえるのであろうか。科学の世界では事故原因の追究によって真実が明らかにされ、最善の対策や処方が採られる。本来の科学であれば答えは一つの筈である。

 理論先行で処方箋が出せない経済学に疑問を持ったトマ・ピケティは、歴史的な資産や所得の変動に目を向け、200年以上の渡る世界中の資産や所得に関する税務統計他を収集して数値をグラフ化することにより、歴史を貫く資本主義運動法則を発見した。

 不等式
 rは株式や預金、不動産などあらゆる資本(ストック:すべての資産)から得られる年間収益の割合(配当、利子、賃料など)を指す。gは所得や産出(純生産)の年間増加率(フロー:国民所得増加率)としている。歴史的な検証の結果、税引き前のrはほぼ一貫して4~5%で推移してきたのに対して、gは最大でも4%未満だった。つまり、労働賃金を増やすよりも、資本を多く持ってその一部を再投資(貯蓄)する方が富を得やすいことを示す。

 資本主義第一法則
 βは資本(ストック:資産)/年間所得(フロー)比率を指す。かりに資本収益率が年5%、βが600%とすると、5×600=3000となり、国民所得に占める資本所得の比率αは30%になる。つまり、国民所得を100%とると、資本から得た所得が30%、労働から得た所得が残りの70%ということになる。「21世紀の資本」P1231によると、1975-2010年間に、米国、日本、ドイツ、フランス、英国、イタリア、カナダ、オーストラリアという富裕国の資本所得比率は(下位15-上位25)%から(下位25-上位35)%、平均約10%上昇した。これを言い換えると、資本から得た所得が10%増え、相対的に労働から得た所得が10%減ったことを示す。

 資本主義第二法則
 s増加、g減少すればβは増加する。欧州ではsは安定しているが、人口減少や成長の鈍化によってgは下落傾向にある。そうなるとβは増加傾向になる。

 主流派経済学者の一部から、このトマ・ピケティの資本主義運動法則に対して様々な反論が出ている。複雑極まりない経済活動の断面や時系列データをすべて数式で表すことはできない。考えてみると、数式であらわす法則というものはあくまでも現象に一部を説明する道具にすぎない。そのことはトマ・ピケティも再三言っている。データが先で、数式は後である、と。


 昨年行った「所得格差を考える」論考の出所は所得・フローに関する統計が主だった。「21世紀の資本」は資産・ストックに関する統計が主力を占めている。日本の場合、資産に課税するのは中央政府ではなく地方政府になっている。都道府県の地方政府のまとまった税務統計はない。そのため、「21世紀の資本」の日本に関する資産統計の記述が少ない。これについて調べてみようと幾度か試みたが、今のところインターネットから統計資料の入手は難しい。

 トマ・ピケティは資本(ストック)/年間所得(フロー)比率に注目した。この着想はこれまで誰もなしたことがないものだった。これにより資本と所得の関係がつながった。年間所得がどのように資本の蓄積に影響するものかというものだ。

 次に、国民経済計算により日本の資本/所得比率をグラフ化してみた。1/3図の名目国内総生産(GDP)は、1991年を境に経済成長が右肩上がりから停滞に以降していることを示す。資本/所得比率は1989年バブル崩壊時に突出から急落し、2007年あたりから上向きに転じた。一時期の突出を除くと1969-2013(44年間)の資本/所得比率は倍増している。トマ・ピケティは、今後も日本を含む先進国はでは傾向が続くとみている。

 2/3図民間総資本/国民総所得と公的資本/国民総所得の推移は、1994年から公的資本/国民総所得が占める割合が減少していることを示す。3/3図は公的資本/国民総所得減少分がほぼ対外純資産の増加に置き換わっていることを示している。